苦しかったコロンビア大学卒業後の思い出

夢と挫折を乗り越えて

学生の皆さんは、今就職活動が大変な状況にあると思う。本当に辛い状況で、見ていて居た堪れない、遣る瀬無い気持ちになる。就職しても人と会えないリモート状況の学生さんが多いと聞くが、それは想像を絶するほど不安で孤独な旅かもしれない。また、内定を貰えていない方にとっては、このタイミングは不幸でしかないと思う。私もニューヨークで大学院を出た際、リーマンショックの時期少し手前で就職できたものの、その当時は悲惨だった。日本人がアメリカの企業(日本人は一人もいない企業のみに応募し続けた)に応募することの超絶的な難しさや、屈辱と苦しさを味わった。200社ぐらい受けて全滅した期間が半年くらい続いたとき、自己否定感は半端なかった。一体高額な留学をしてまで、俺は何をしてるんだろうと、流石に心が折れて涙が流れた経験もあるのだが、その後奇跡的に就職につながり、今に至っている。

$10ドルしかない中、小麦粉で頑張った苦しい生活

もちろん「結局は就職してるじゃん。結果論として言いたい放題言えるでしょ?」という指摘をする方もいるかもしれないが、預金残高が1000円を切って、帰国するお金すらなくなる直前に、小麦粉を水に溶かして食いつないだ超絶経験をしたかたは、日本の中にそんなにはいないと思う。私は海外にいて、学生ステータスということもあり、生活保護を受けるような立場にはなかった。栄養失調で倒れる寸前だったと思う。結果就職ができただけで、超絶苦しい生活をしていた時期を乗り越せたのは、運が良かったという要素もあるものの、最後まで夢を諦めずに踏ん張って、見栄やプライドを捨て、夢を追いかけてニューヨークでいろいろな人に相談に乗っていただいたり、走り続けたことだと思う。

The Pursuit of Happyness (幸せのちから)

その翌年偶然ウィルスミス主演のThe Pursuit of Happyness (幸せのちから)が封切りされ、たまたま見たのだが、本当に自分のような状況で、もう号泣した。ルービックキューブが得意な彼の姿も、自分に重なった。映画の彼も、実際の私も、もちろん周囲の方々や家族の支えがなければ成り立たなかった。だから今は、そうした周囲の支えもない方々に支援の手を出せるような活動をしたいと思い始めている。起業してそうした苦しい環境にいる人たちの背中をおせるような助けをしたいと真剣に思っている。苦しい今が、結果として良い通過点だったと、将来笑って振り返ることができるような経験を積んでもらいたいし、そういう支援がしたいものである。私は小麦粉と水道水で食いつないだあの時期、色んな人に精神面で助けてもらった。もうお金が底をつき、来週は諦めて日本に帰ろうと準備していたその翌日に就職のオファーを貰えたのは、今考えると幸運だった。でなければ、アパートを追い出され、路頭に迷って餓死していたか、失意の元に帰国していた訳で、今思うと人生で綱渡りがあったとすると、あれが本当の「綱」であり、首の皮一枚で繋がっていたような状況だった。あれからの逆転劇。水しか飲めない環境にいると、人間水道水が美味しく感じる。今思うと恐ろしい体験だが、あの時の自分があるおかげで、一杯の水すら感謝できる気持ちになれている。もちろん一人では到底やりきれなかった。そんな時、今の嫁さん(当時付き合っていた)に支えられた。彼女や周囲の方々の恩も愛情も、恥ずかしい姿をさらして、放っておけばいい私を、それでも信じて声をかけ、支援してくれた方々への恩は、一生、一生忘れることはないだろう。今では講演を受けたり、書籍も数冊出させていただいた。(ただ、書籍は実名のため、このブログでは実名は出さないことにしているので、どの書籍化は伏せておく)あの時の自分があるから、今の厚みができたと思うし、こうした依頼もくるようになったと思っている。

まとめ

皆さんは、食料やお金が尽き、露頭に迷うような経験をしたことがおありだろうか?私はボーイスカウトをしていたおかげで、野外で生活することはできるが、「できる」というのと「そうせざる得ない状況に追い込まれる」のとでは意味が違う。私はこの屈辱的な経験を味わったが、それでも腐らず、諦めず、映画に出てきたように、お金がなくても清潔に身なりを整え、誰よりも勉強して、アメリカ人と対等に戦える土壌に立つために戦略を考え(英語はアメリカにいるのだからできて当たり前)、それをしのぐだけの広範なIT技術力を売りに、数百社受けた。受けては落ち、くじけそうになっても、アメリカ人にはできない技術を持っていたので、それをひたすらアピールする機会をもらえるチャンスを待った。人生浮き沈みはあるが、前を向いて、目標に向かえば、必ず誰かが見ているもんだ。ただ、チャンスを待つ時間はなるべく短くして、そのチャンスに巡り合ったときの勝率をあげる戦略は必要だ。資金が枯渇するリスクも減らしたい。アメリカで駐在員として赴任する人はよくみる。私費留学する人も多くいる。ただ私はそれを全て捨てて挑戦したから、かなりのリスクテイカーだ。応募した企業も日本人が絶対にいないアメリカの企業とアメリカ政府のみに絞っていた。ただ、ビザを含め、私は留学期間後の就職までに必要な資金の計算を甘く見ていたことは間違いない。リスクヘッジは必要である。いつか、アメリカで就職するための、チャンスに備えるリスク能力についても書こうと思う。

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